そんな時代

統計によると、国民1人1日当たりの食糧の供給熱量は、戦前の昭和13年が2135カロリーであったのに対し、20年は1793カロリー、21年は1449カロリーという低さでした。


なるほど、昭和20年から21年にかけての6大都市での主食の配給量をみると、1人1か月当たり、なんと二合一勺(約300グラム)です。


しかも、実際には遅配、欠配が多く、配給されるものは、米は玄米にちかい一分づきで、それに、小麦粉、さつまいも、大豆などがまぜられていた。


そんな時代です。


毎日の食生活に、パン焼き器はなくてはならないもののひとつでした。


市販のものが買えない人は、それぞれに工夫して手製のものをつくり、小麦粉やフスマ(小麦粉の皮のくず)やトウモロコシの粉をねって、石のようにかたくて黒いパンを焼いた。


「君知るや・・・・・」のミツビシ文化天火は、その頃よく見かけたパン焼き器のひとつである(当時の商品が、いまでも三菱重工長崎造船所に保存されている)。


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