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2011年05月 アーカイブ

昔むかしの・・・11

こんばんは。


NHKの『特派員報告』はこのアメリカCBSラジオのマロー記者たちが行っていた(ヨーロッパ)特派員報告が発想の下敷きになっていました。


ラジオの時代にすでにこのようなニュース番組のフォーマットができあがっていたことが、その後のアメリカのテレビニュースのフォーマットを規定することになります。


つまりテレビニュースといえども基本的にはラジオニュースのスタイルを受け継ぐことになったのです。


アメリカといえどもそのころはまだ、テレビの技術はそれほど発達していなかった。

そんな時代

統計によると、国民1人1日当たりの食糧の供給熱量は、戦前の昭和13年が2135カロリーであったのに対し、20年は1793カロリー、21年は1449カロリーという低さでした。


なるほど、昭和20年から21年にかけての6大都市での主食の配給量をみると、1人1か月当たり、なんと二合一勺(約300グラム)です。


しかも、実際には遅配、欠配が多く、配給されるものは、米は玄米にちかい一分づきで、それに、小麦粉、さつまいも、大豆などがまぜられていた。


そんな時代です。


毎日の食生活に、パン焼き器はなくてはならないもののひとつでした。


市販のものが買えない人は、それぞれに工夫して手製のものをつくり、小麦粉やフスマ(小麦粉の皮のくず)やトウモロコシの粉をねって、石のようにかたくて黒いパンを焼いた。


「君知るや・・・・・」のミツビシ文化天火は、その頃よく見かけたパン焼き器のひとつである(当時の商品が、いまでも三菱重工長崎造船所に保存されている)。


昔むかしの・・・12

こんばんは。今回でアナウンサーシリーズは最後になります。(多分)


プラスで書き添えればこのころまだ日本にはテレビは出現しておらず、またラジオニュースは相かわらず記者が書いた原稿をスタジオのアナウンサーが読みあげるだけのもの、そしてたまに大事件や大事故の現場から記者がたどたどしくリポートする程度の段階でした。


ラジオニュースのフォーマットをテレビニュースにおきかえるといっても、これは決して簡単なことではないらしいです。


ラジオが音声だけのメディアであるのに対して、テレビが音声と映像のメディアであり、テレビニュースの初期には映像をどのように確保するかが技術的に最大の問題であったからだそうです。

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