犬は賢い動物

引きヒモ・首輪は、ペットショップなどで相談しながら犬の大きさに合った首輪や引きヒモを用意することが大切です。

犬は賢い動物、人間のいうことをよく聞くといいます。

言葉がしゃべれない犬が、なぜ人間のいうことが分かるのでしょうか。

それは人間が出すサインや言葉を何度も繰り返して見聞きするうちに、条件反射で動けるようになるからです。

犬の目で読み取るサインを「視符」といいます。

また、人間の声で理解させることを「声符」といいます。

このいずれもしつけ・訓練には重要で、この2つをうまく組み合わせながら、訓練していきます。

これは、無駄吠え防止にも役立ちます。

昔むかしの・・・12

こんばんは。今回でアナウンサーシリーズは最後になります。(多分)


プラスで書き添えればこのころまだ日本にはテレビは出現しておらず、またラジオニュースは相かわらず記者が書いた原稿をスタジオのアナウンサーが読みあげるだけのもの、そしてたまに大事件や大事故の現場から記者がたどたどしくリポートする程度の段階でした。


ラジオニュースのフォーマットをテレビニュースにおきかえるといっても、これは決して簡単なことではないらしいです。


ラジオが音声だけのメディアであるのに対して、テレビが音声と映像のメディアであり、テレビニュースの初期には映像をどのように確保するかが技術的に最大の問題であったからだそうです。

そんな時代

統計によると、国民1人1日当たりの食糧の供給熱量は、戦前の昭和13年が2135カロリーであったのに対し、20年は1793カロリー、21年は1449カロリーという低さでした。


なるほど、昭和20年から21年にかけての6大都市での主食の配給量をみると、1人1か月当たり、なんと二合一勺(約300グラム)です。


しかも、実際には遅配、欠配が多く、配給されるものは、米は玄米にちかい一分づきで、それに、小麦粉、さつまいも、大豆などがまぜられていた。


そんな時代です。


毎日の食生活に、パン焼き器はなくてはならないもののひとつでした。


市販のものが買えない人は、それぞれに工夫して手製のものをつくり、小麦粉やフスマ(小麦粉の皮のくず)やトウモロコシの粉をねって、石のようにかたくて黒いパンを焼いた。


「君知るや・・・・・」のミツビシ文化天火は、その頃よく見かけたパン焼き器のひとつである(当時の商品が、いまでも三菱重工長崎造船所に保存されている)。


昔むかしの・・・11

こんばんは。


NHKの『特派員報告』はこのアメリカCBSラジオのマロー記者たちが行っていた(ヨーロッパ)特派員報告が発想の下敷きになっていました。


ラジオの時代にすでにこのようなニュース番組のフォーマットができあがっていたことが、その後のアメリカのテレビニュースのフォーマットを規定することになります。


つまりテレビニュースといえども基本的にはラジオニュースのスタイルを受け継ぐことになったのです。


アメリカといえどもそのころはまだ、テレビの技術はそれほど発達していなかった。

昔むかしの・・・10

またまた続きなのですが、のちにアメリカでもっとも信頼されるアンカーマンと呼ばれるようになる同じCBSニュースのウォルター・クロンカイトは"マロー学派"の流れを汲むジャーナリストです。


マローとその仲間たちの存在でもわかるように、アメリカの放送ジャーナリズムでは、テレビ・ジャーナリズムが始まる前にすでにラジオの世界で放送ジャーナリズムのフォーマット(定型)が確立されていました。


すなわち、ニュース番組というものはニュースの現場から取材記者が自分の口と言葉でリポートし、スタジオのアナウンサーがそれに枠をつけタイムキープをするというものです。

昔むかしの・・・9

こんばんは。前回の続きです。


またマローが自分のリポートの初めにつけるひと言が「ジスイズ・ロンドン」ではなく常に「ジス・イズロンドン」という言い方であったことも新鮮さとソフィスティケーションという点で注目され、マロー流の言い方が一世を風靡したという余話もありました。


マローとその仲間たち、エリック・セバレイド、ロバート・トラウト、ジェシー・ズースマー、ダグラス・エドワーズ、ジョン・デーリーといった人々は、その後テレビニュースの初期の時代にかけてCBSで活躍し、CBSニュースの黄金時代を築きあげる。

昔むかしの・・・8

ちょっと小話を・・・。


アメリカの放送の歴史のなかで伝説的な人物になってしまったマローには、いくつか文字どおり伝説的なエピソードがあります。


ナチス・ドイッの空軍によるロンドン空襲が行われたある夜、録音機を持ち出してアパート(イギリスではフラットという)の屋根に昇ったマローが、近くに落ちて炸裂する爆弾の破裂音をマイクでたくみに拾いながらリポートを吹き込んだというのもその一つだ。


アメリカでマローのリポートを聞く人々は、まるで自分自身がその空襲の現場にいるような錯覚すら覚えたといいます。

昔むかしの・・・7

同じ職業でも国でここまで違うんですね。


とにかく、うらやましいほどプロフェッショナリズムが尊重されるのがアメリカだそうです。


ラジオニュースについていえば、このプロフェッショナリズムを打ちたてたのはエドワード・マローとその仲間たちでした。


第二次世界大戦の末期にヨーロッパで仕事をした放送ジャーナリストたちです。


放送ジャーナリズムといっても、そのころはまだアメリカにもテレビはなくラジオだけでした。


CBSラジオからロンドンに派遣されていたマローは、ナチス・ドイツのロンドン空襲を含む第二次世界大戦のリポートをアメリカに送ゆつづける。


ストレートのボイス・リポートというあの方法だったそうです。

昔むかしの・・・6

なかなか難しい選択ではあると思うのですが、プロフエッショナリズムを捨てて大衆にあわせるか、アマチュアリズムを捨てて少数のエリートにあわせるか、これはわれわれ放送の世界で仕事をする人間が毎日のように考え悩む問題だ。


そしてこの議論はそのまま視聴率の議論にもなります。


多くの点で日本が手本にしているアメリカで、同じ大衆社会でありながら、プロフェツショナリズムが尊重されているのがラジオ・テレビのニュースの世界だ。


アングロ・サクソン文明の延長上にあるアメリカ社会でプロフェッショナリズムが尊重されるのはあたりまえのことで、その起源はジョン・ロックの社会契約説あたりにまでさかのぼらなければならないだろうが、それはこの本の本題ではないからこの程度にとどめる。

昔むかしの・・・5

プロはいつでも、またどの社会においても少数派だそうです。


ラジオやテレビはその機能からしてマス(大衆)を相手にするものである以上、アマ志向を狙ってもやむをえない。


かつてテレビ文化の創世期にある評論家の大御所が、「テレビは一億総白痴化の道具である」といったのはけだし至言でした。


ここで議論に終止符を打つことは、放送にかかわるものとしては許されない。


放送というものが文化の担い手である以上、そして電波というきわめて影響力の強い公共の財産を使うことを許されている以上、放送が大衆にとめどなく迎合することはできない。

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